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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)3817号 判決

原告

池田良子

原告

上西眤子

右原告ら訴訟代理人弁護士

出田健一

寺沢勝子

國本敏子

田窪五朗

鎌田幸夫

河原林昌樹

被告

三洋電機株式会社

右代表者代表取締役

高野泰明

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが被告の従業員たる地位にあることを確認する。

2  被告は、平成七年四月以降毎月二五日限り、原告池田良子に対し、一五万七二五八円を、同上西眤子に対し、一五万九三六一円をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一)(1) 原告池田良子(昭和一三年九月一九日生まれ。以下「原告池田」という。)は、昭和五四年一〇月八日、原告上西眤子(昭和一三年一〇月九日生まれ。以下「原告上西」という。)は、昭和五五年七月七日、いずれも、被告に臨時社員として雇用され、大阪府大東市住道所在の被告の工場(以下「住道工場」という。)のテレビ事業部製造一課に所属し、以後、テレビ基盤に部品を挿入する作業(植え込み作業)等に従事していた。

なお、臨時社員とは、二か月を契約期間として被告に採用された、いわゆるパートタイマーであり、契約期間満了毎に更新を繰り返して二年間継続勤務し、かつ、一定以上の成績を修めた者については、後記(2)の定勤社員(準社員)として採用される道が開かれていた。

(2) 原告池田は、昭和五九年三月二一日、原告上西は、昭和五八年三月二一日、それぞれ被告の定勤社員となり、さらに、原告らは、いずれも、平成四年二月二一日、被告の準社員となった。

なお、定勤社員制度は昭和五五年に、準社員制度は昭和六三年に、それぞれ発足した制度であるが、右定勤社員及び準社員は、いずれも、契約期間を一年とするほか、その他の労働条件についても特に異なるところはなく、その法的性質も同一であり、いずれも、正社員より四〇分ないし一時間程度労働時間が短縮されていた。

(二) 被告は、昭和二五年四月八日に設立され、各種電気機械器具及び電気照明器具等の製造、販売、保守等を業とする株式会社である。

2  原告らと被告間の定勤社員契約及び準社員契約の反復更新

原告らは、長年にわたり前記定勤社員及び準社員として、一年毎に契約を反復更新してきたところ、被告は、原告らに対し、平成六年一二月二一日付け「準社員雇用契約満了日のご通知」と題する書面にて、原告らの雇用契約満了日が平成七年三月二〇日である旨通知し、原告らが被告の従業員たる地位を有することを争っている(被告による右取扱いを以下「本件退職措置」又は「本件雇止め」という。)。

3  原告らの賃金

原告池田の平成七年三月二〇日以前の三か月間の平均賃金は、一五万七二五八円、同上西のそれは、一五万九三六一円である。なお、被告の賃金は、毎月一五日締めの二五日払いである。

4  よって、原告らは、被告に対し、雇用契約に基づき、前記地位の確認を、原告池田は、被告に対し、賃金債権に基づき、平成七年四月以降毎月二五限(ママ)り一五万七二五八円の支払を、原告上西は、被告に対し、賃金債権に基づき、平成七年四月以降毎月二五限(ママ)り一五万九三六一円の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は、認める。ただし、後記「三 抗弁」記載のとおり、原告らは、被告との間で満五七歳を超えて雇用契約関係が存続することに対する客観的合理的期待を有しないから、いかに定勤社員契約及び準社員契約を反復更新しても、原告らが満五七歳を超えて被告の従業員たる身分を保持する根拠とはなり得ない。

2  同3のうち、被告の準社員の賃金が毎月二五日に支払われていることは認めるが、その余は否認する。被告においては、前月の二一日から当月二〇日までを一給与月度として賃金計算をしている。

なお、右期間中の原告らの平均賃金は、原告池田が一五万一一一二円、同上西が一四万九五七八円である。

三  抗弁

1  被告の準社員就業規則一七条一項は、「準社員の雇用契約期間が満了したとき、会社は業務の都合により必要な場合、本人の希望・勤務成績・健康状態を勘案して契約を更新することがある。ただし、別に定める一定年齢に到達する場合には契約更新は行わない。」と規定している。

2(一)  右一七条一項ただし書きの「一定年齢」を満五七歳とする旨の労使確認(以下「本件労使確認」という。)が昭和六三年一二月一日付けでなされた。本件労使確認は、準社員就業規則と一体となり、これを補完するものである。

(二)  被告が雇用してきた定勤社員及び準社員は、すべて満五七歳に到達する年には契約更新を行わず、いずれも契約期間満了により退職しており、右取扱いが被告と定勤社員及び準社員との間の労使慣行として、右当事者間の労働契約の内容となっていた。

(三)  原告らは、被告が右一七条一項ただし書きの規定により契約更新をしなかったため、準社員契約が平成七年三月二〇日付けをもって期間満了により終了し、退職となったものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は、認める。

2(一)  同2(一)は、知らない。

就業規則には退職に関する事項を定めなければならないが(労働基準法八九条一項三号)、右定めは細則等ではなく就業規則本体に定めなければならないのであるから(同条二項)、労使確認でこれを定めることは違法である。

就業規則の作成及び変更については、労働者の代表の意見を聴取し、右意見を記した書面を添付して労働基準監督署に届け出(同条一項本文、同法九〇条)、その内容を常時各作業所の見やすい場所に掲示する等の方法で労働者に周知させなければならない(同法一〇六条)のに、本件労使確認はこれらの手続を怠っている以上、本件労使確認は就業規則の補完物とはなり得ない。よって、本件労使確認は本件雇止めの根拠とはならない。

(二)  同2(二)は、否認する。

労働者の身分の喪失という雇用契約の基本的部分を労使慣行により認めることはできず、また、被告において、全社的に統一的・画一的に右慣行的取扱いが反復継続して実施されてきた事実もない。

(三)  同2(三)は、否認ないし争う。

なお、原告らに対する本件退職措置は、準社員契約の更新拒絶(雇止め)であるところ、右準社員契約は形式的には一年の契約であるが、実質的には期間の定めのない労働契約であるから、その雇止めには解雇法理が類推適用され、解雇の意思表示及び右解雇についての正当な根拠ないし合理的理由が必要であるが、本件においては、これらがいずれも存在せず無効である。

五  再抗弁

1  憲法一四条及び労基法三条違反

(一) 被告の正社員については、六〇歳定年制が採用されている。

(二)(1) 原告ら準社員の職務内容は、正社員のそれと同一であり、また、正社員と混在して業務を行ってきたものであり、被告に対する貢献度は全く同等である。

(2) 準社員と正社員との間には、契約目的、採用方法等について相違は存しない。

(3) よって、原告らは、正社員に準じる地位にあり、正社員と同一の仕事を行う基幹労働者であるから、正社員と準社員の契約終期に三年の年齢差を設ける合理的理由は全くなく、本件退職措置は、専らパートタイマーであるという「社会的身分」による差別であり、憲法一四条及び労基法三条に違反し、無効である。

2  公序良俗違反

(一) 六〇歳定年制の普遍化

(1) 高年齢者雇用安定法四条は、事業主に対し、既に定年の定めをしているかどうかを問わず、六〇歳以上の定年を定める努力義務を課していたところ、平成六年に年金受給開始年齢が六〇歳から六五歳に引き上げられたことに伴い、同条が改正され、六〇歳定年制が事業主の単なる努力義務から法的義務となった。

(2) 平成七年労働者雇用管理調査結果速報によれば、定年年齢を六〇歳以上とする企業の割合は、平成七年一月現在、今後改定することが決定している企業を含め八七・七パーセント、改定の予定がある企業まで含めると九四・四パーセントである。

(3) よって、原告らに対し、本件退職措置がなされた時点では、六〇歳定年制は普遍化した段階にあり、公序の内容となっていたのであるから、右措置は公序良俗に反し、無効である。

(二) 被告正社員との不合理な差別

(1) 被告の正社員については、六〇歳定年制が採用されている。

(2)ア 原告ら準社員の職務内容は、正社員のそれと同一であり、また、正社員と混在して業務を行ってきたものであり、被告に対する貢献度は全く同等である。

イ 準社員と正社員との間には、契約目的、採用方法等について相違は存しない。

ウ よって、正社員と準社員の契約終期に三年の年齢差を設ける合理的理由は全くなく、右は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)二条、二六条、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「A規約」という。)二条、六条、七条aⅰ項に違反する。

(3) 被告の準社員は、単なるパートタイマーではなく、正社員に準じる地位にあり、正社員と同一の仕事を行う基幹労働者であるから、雇用の終了に関し、準社員を正社員と差別することは、パートタイム労働者が対応するフルタイム労働者のそれと同等の条件を享受すべきことを定めたILOパートタイム労働に関する条約(一七五号)七条に違反する。

(4) 被告の準社員は専ら女性であり、定年及び解雇について労働者が女性であることを理由とする差別的取扱を禁止した憲法一四条、前記B規約二条、三条、二六条、前記A規約二条、三条、七条aⅰ項、女子に対するあらゆる形態の差別撤廃に関する条約(以下「女子差別撤廃条約」という。)一条、一一条、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(以下「男女雇用機会均等法」という。)一一条に違反する。

(5) よって、原告らに対する本件退職措置は、専らパートタイマーであること、女性であることのみによる不合理な差別であって、公序良俗に反し、無効である。

3  解雇権濫用

仮に、本件退職措置(雇止め)が解雇の意思表示を兼ねていたとしても、以下のとおり、右解雇には社会通念上客観的合理的理由がなく、解雇権の濫用として無効である。

(一) 右雇止め当時において、原告らが従事していた作業は繁忙期にあり、人手が欲しい状況であったにもかかわらず、被告は、他方で訴外株式会社新日本から四〇名もの派遣労働者を受入れつつ右雇止めを強行した。被告の右施策は、逆に人員増を招き、経費節減の効果はない。また、生産効率の点でもベテランである原告らを雇用し続ける方がメリットが大きい。

(二) 被告は、平成六年一一月の時点において、従業員約二万七六一九人、営業利益一五億円以上、経常利益二〇〇億円弱の実績を有する大企業であり、特に資産面では、大企業中でもトップクラスの地位を占めていた。

(三) 本件雇止めにより、原告らは、以下のとおり重大な不利益を受ける。

(1) 原告池田の夫は、平成九年九月二六日をもって定年を迎え、退職することになったものの、子供の援助も期待できず、原告池田の賃金収入により老後の資金を賄わざるを得ない。

(2) 原告上西は、既に定年退職した夫の収入が不安定であり、両親に月三万円の援助をしなければならず、原告上西の賃金収入で家計を賄わざるを得ない。

(四) 再抗弁2と同じ。

六  再抗弁に対する認否

1(一)  再抗弁1(一)は、認める。

(二)  同1(二)(1)、(2)は、否認し、同1(二)(3)は、争う。

2(一)(1) 再抗弁2(一)(1)は、認める。

ただし、平成六年改正法の施行は、平成一〇年四月一日からとされている。

(2) 同2(一)(2)は、認める。

ただし本調査は、期間の定めのないいわゆる正規従業員の定年制の状況に関するものであり、原告らのような期間の定めのある労働者の雇用の終了に関する年齢制限の実態を示すものではない。元来、定年制とは、終身雇用を前提とした期間の定めのない従業員に対する雇用年齢の制限を指すものであり、期間の定めのある労働者にそのまま適用されるものではない。

(3) 同2(一)(3)は、争う。

(二)(1)  再抗弁2(二)(1)は、認める。

(2) 同2(二)(2)のうち、ア、イは否認し、ウは争う。

(3) 同2(二)(3)は、否認ないし争う。

ILOパートタイム労働に関する条約七条にいう「比較可能なフルタイム労働者」とは、「当該パートタイム労働者と同一の型の雇用関係にある」(同条一条C)ことが前提となっているところ、被告の準社員と正社員は同一の型の雇用関係ではないのであるから、同条違反となるものではない。

(4) 同2(二)(4)は、否認ないし争う。

被告の他の事業部の準社員の中には、男性も含まれており、女性であることを理由として男性と差別的取扱いをしているものではなく、前記各条項のいずれにも違反しない。

(5) 同2(二)(5)は、争う。

3(一)  再抗弁3の冒頭部分及び同3(一)ないし(三)は、否認ないし争う。

なお、原告らは、原被告間の雇用契約が期間の定めのない契約になったことを前提に、本件退職措置を解雇と同視したうえ、これが解雇権濫用に当たる旨主張するが、前記のとおり、原告らは被告との間の雇用契約が満五七歳を超えて継続することに対し客観的合理的期待を有しないのであるから、本件退職措置を解雇と同視することはできず、したがって、原告らの右主張は失当である。

(二)  同3(四)に対する認否は、前記2と同じである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  請求原因1、2は、当事者間に争いがない。

2  なお、請求原因2に関し、被告は、本件において、原告らが被告との間で満五七歳を超えて雇用契約関係が存続することに対し客観的合理的期待を有しない以上、いかに定勤社員契約及び準社員契約を反復更新したとしても、満五七歳を超えてまで原告らが契約上の地位を保有する根拠とはなり得ない旨主張するので、以下においては、被告の右主張に密接に関連する抗弁事実についても併せて検討する。

二1  当事者間に争いのない事実及び証拠(〈証拠・人証略〉)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告は、守口労働基準監督署に対し、昭和五八年四月一三日、定勤社員就業規則を届け出たが、同規則一八条一項には、「定勤社員の雇用契約期間が満了した時、会社は業務の都合により必要な場合、本人の希望・勤務成績・健康状態を勘案して契約を更新することができる。ただし、満年齢が男子五七歳、女子五七歳に到達する場合には契約更新は行わない。」と規定されていた。

(二)  被告は、守口労働基準監督署に対し、昭和五九年二月三日、改定後の定勤社員就業規則を届け出たが、同規則一八条一項には、「定勤社員の雇用契約期間が満了した時、会社は業務の都合により必要な場合、本人の希望・勤務成績・健康状態を勘案して契約を更新することができる。ただし、別に定める一定年齢に到達する場合には契約更新は行わない。」と規定されていた。

(三)  被告は、昭和六三年一〇月、それまでの定勤社員制度を廃止して準社員制度に移行した。これを受けて、被告は、守口労働基準監督署に対し、同年一一月二五日、新たに準社員就業規則を届け出たが、同規則一七条一項には、(二)と全く同旨の規定が設けられていた。

(四)  被告は、定勤社員との間において雇用契約を締結する(更新を含む。)に際し、「契約期間」欄に「会社の業務の都合により契約を更新することがある。」との不動文字が挿入された契約書を定型用紙として使用していた。ところが、被告は、雇用契約期間中に満五六歳に達する者との間で雇用契約を締結する場合には、同欄に「本契約をもって最終契約とし、契約は更新しない。」との不動文字が挿入された契約書を定型用紙として使用していた。右取扱いは、(二)、(三)の前後を通じて異なることはなかった。

(五)  被告は、雇用期間満了に先立ち、各定勤社員に対し、最終出勤日を告知するとともに、退職慰労金の振込先、社会保険に関する事項等を問い合わせるなどの手続を行い、各定勤社員は、右手続を経た後、いずれも円満に退職していた。この取扱いは、(二)、(三)の前後を通じて異なることはなかった。

(六)  原告らを含む定勤社員は、定勤社員として採用される際、定勤社員になると満五六歳に達した時の契約期間の満了まで勤務することが可能である旨の説明を被告から受けており、また、その後も同僚社員との会話等から同様の内容を聞くなどしていた。定勤社員の間では、満五六歳に達した時の契約期間の満了時を定勤社員の定年と称し、右契約期間満了までは勤務を続けられること、その反面としてそれ以降は原告らは当然に従業員たる地位を失うものとの理解が行きわたっていた。この点も、(二)、(三)の前後を通じて異なることはなかった。

(七)  被告において昭和六三年一〇月に定勤社員制度から準社員制度への移行がなされた際、三洋電機労働組合において、従前、定勤社員が非組合員であった点を改め、準社員が組合員化されることになったことに伴い、原告らが勤務する住吉(ママ)工場を統括する、三洋電気(ママ)労働組合大東地区支部連絡協議会の議長である訴外杉岡五郎と被告AV事業本部、AV管理部の部長である訴外中島渙との間で、同年一二月一日、準社員の前記「一定年齢」を満五七歳とする旨の労使確認(本件労使確認)がなされ、その旨の文書が作成された。

(八)  原告らと被告との間において、平成三年一二月二七日、当時係属していた大阪地方裁判所昭和六二年(ヨ)第一二八一号地位保全金員支払仮処分申請事件及び同平成三年(ワ)第九二六二号雇用契約確認等請求事件に関し、和解協定が成立した。その際、双方が署名捺印した和解協定書には、原告らを被告の準社員として復職させるものとし、原告らに対しては、準社員就業規則が適用される旨の条項が存在した。また、右経緯の下に原告らが準社員として復職する際、被告は、原告らに対し、準社員就業規則を交付したうえ、準社員の労働条件等につき、従前の定勤社員と特段変化がない旨の説明をした。

これらの事実を総合考慮すれば、定勤社員及び準社員が満五七歳に至る直前の更新期間満了時を「定年」と俗称していたこと、右「定年」に達した以上、もはや被告との間で契約更新はなされない取扱いであることについては誰もが熟知していたこと、現に、本件以前にはすべての定勤社員及び準社員が右「定年」到達に伴い、何らの異議なく被告を退職していたことが認められ、これによれば、少なくとも、定勤社員就業規則の改定の前後及び準社員制度への移行の前後を通じ、右更新制限年齢は何ら変更されることなく終始満五七歳であったものと推認されるのであって、改定後の定勤社員就業規則(前記(二))及び準社員就業規則(前記(三))において明記されてはいないものの、定勤社員及び準社員の間において、右各規則の条項にいう「別に定める一定年齢」は、満五七歳であると当然のこととして広く認識されていた。

そして、前記のとおり、準社員の組合員化に伴い、三洋電気(ママ)労働組合大東地区支部連絡協議会の議長である訴外杉岡五郎と被告AV事業本部、AV管理部の部長である訴外中島渙との間で、昭和六三年一二月一日、右「一定年齢」を満五七歳とする旨の労使確認(本件労使確認)がなされ、その旨の文書が作成されたことも併せ考慮すれば、満五七歳をもって同規則にいう「一定年齢」とする取扱いは、長年にわたり定期(ママ)勤社員及び準社員の間において「定年」などと俗称されて当然の慣行として行き渡っていたものであり、本件が問題化するまでは特に誰もそのことについて異論を差し挟むことはなく、労使間の規範意識に支えられていたということができ、したがって、右制限年齢に関する取扱いは一種の法的規範性を有する労働慣行として労働契約の一内容となっていたものということができる。

この点、原告らは、右「一定年齢」が定勤社員就業規則ないし準社員就業規則自体に明記されていない以上、労基法八九条一項三号、同条二項に違反する旨主張する。

しかしながら、被告の準社員就業規則は、準社員の一般的な契約終了原因として、「雇用契約期間が満了した時」を明記しているのであるから、この点において、右労基法の規定に違反するものとはいえず、また、右「一定年齢」を就業規則本体に定めず、これを他の規範に委ねたからといって、直ちに前記条項に違反するものともいえない。加えて、満五七歳を更新制限年齢とする旨の前記慣行は、一種の法的規範として労使間を拘束していたといえるので、少なくとも、準社員就業規則一七条一項の「一定年齢」を補完し、右就業規則と一体となって当事者間の労働契約の一内容となっていたことが認められるから、いずれにしても、原告らの右主張は失当である。

2  ところで、前記のとおり、原告らは定勤社員契約及び準社員契約を一〇年以上にわたり反復更新してきたことが認められるのであるから、右事実のみでは、右雇用契約が期間の定めのない契約に転化したということもできず、また、これが期間の定めのない契約と実質的に同視しうる状態になっていたい(ママ)うこともできない。

しかしながら、他方、前記認定事実によれば、原告らは、個々の更新期間満了後も雇用関係が継続することに対し一定の期待を有していたことを認めることができるのであって、もし、原告らが右雇用契約関係の継続に対して有する期待が客観的合理的なものであると認められる限り、更新期間満了の際の雇止めにも解雇法理の類推適用を肯定すべきであり、右解雇法理が類推適用される場合には更新期間満了後も当然に契約関係が終了することなく、被告の解雇の意思表示を必要と解するのが相当である。

そこで、原告らが右雇用契約の継続に対し、いかなる範囲で客観的合理的期待を有していたかにつき検討するに、前記1で認定した事実、当事者間に争いのない事実及び証拠(前掲各証拠、原告らの各本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告らは、定勤社員として採用される際に、定勤社員になると満五六歳に達した時の契約期間の満了まで勤務することが可能である旨の説明を被告から受けており、また、その後も同僚社員との会話等から同様の内容を聞くなどし、そうした中で、定勤社員の「定年」の限度で、満五六歳に達した時の契約期間の満了時までは勤務を続けられること、その反面としてそれ以降は、更新を拒む意思表示を特に要することなく、当然に原告らは従業員たる地位を失うものと明確に理解していた。原告らが右認識を有していたことは、定勤社員制度から準社員制度への移行の前後を通じて異なることはなかった。

(二)  従前、原告らの同僚は、概ね右「定年」に到達する約一か月前ころになると、残存する有給休暇を消化するよう指示を受け、右指示に従って残存する有給休暇を消化していた。また、原告らの同僚が退職する当日の夕刻ころには、「この度、○○さんが定年で辞めます」との紹介があり、これを受けて、本人が「お世話になりました」などと挨拶したうえ、円満に退職するのが慣行化していた。右取扱いに対し、特に異論を唱える者はおらず、原告らも、特に、本件退職措置が問題化する以前には、右取扱いに対して異議を述べることはなかった。

(三)  被告は、雇用期間満了に先立ち、各定勤社員(準社員)に対し、最終出勤日を告知するとともに、退職慰労金の振込先、社会保険に関する事項等を問い合わせるなどの手続を行い、各定勤社員は、右手続を経た後、いずれも円満に退職していた。この取扱いは、定勤社員制度から準社員制度への移行の前後を通じて異なることはなく、この点につき、本件退職措置が問題化する以前には、原告らを含め定勤社員(準社員)から特段の異論はなかった。

右認定事実に、前記二、1で認定した事実を総合すれば、原告らは、「定年」と俗称されていた満五七歳までの期間については、更新期間満了後も引き続き雇用されることに対して客観的合理的期待を有していたと認めることができるが、他方、右期待を有していたのはあくまでも、「定年」と称された満五七歳までにすぎず、それ以上の年齢に至るまで継続して雇用されることにつき客観的合理的期待を有していたとは到底認められないということができる。

なるほど、証拠(〈証拠略〉)によれば、原告池田は、平成六年三月六日ころ、同上西は、同月一七日ころ、それぞれ、次年度(平成六年三月二一日から平成七年三月二〇日まで)の準社員契約の更新に際し、被告側から提示された準社員雇用契約書中の「但し、本契約をもって最終契約とし、契約は更新しない。」旨の不動文字部分を抹消したうえ、署名捺印したことが認められる。

しかしながら、前記認定事実を総合すれば、原告らは、自らが満五七歳に到達した場合、前記規定に基づき契約関係が終了することを熟知していたのであるから、原告らは、満五七歳を超え満六〇歳まで契約関係が継続することを主観的にも期待していたとはいえず、仮に、何らかの期待を抱いていたとしても、それは、原告ら各個人の全くの主観にとどまるものであったというべきであるので、これをもって、原告らが満五七歳を超えてまで勤務できることにつき客観的合理的期待を有していたと認めることはできない。

そうすると、原告らが被告との間で満五七歳を超えてまで雇用契約関係が存続することに対し、客観的合理的期待を有するとは認められない以上、その余について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないこととなる。

3  もっとも、この点に関し、本件退職措置(雇止め)が若年定年制度と同視でき、かつ、右制度に合理性がなく、公序良俗違反と認められる特段の事情が存する場合には、例外的に原告らが五七歳を超えて被告との雇用関係の継続を主張しうる余地がないではないので、この点に関し密接に関連する再抗弁事実についてもここで併せ検討するに、以下のとおり、本件全証拠によるも、被告の本件退職措置(雇止め)をもって若年定年制度と同視することはできず、また、右退職措置(雇止め)につき公序良俗違反と認めるに足りない。

(一)  原告らは、被告の本件退職措置(雇止め)が実質的には定年解雇制類似の性質を有するものであるとし、これが若年定年制と同視しうること、また、右制度には何らの合理性がないことなどを主張する。

しかしながら、当事者間に争いのない事実及び証拠(〈証拠・人証略〉)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告ら準社員の本来の職務として被告が想定していたのは、基本的に誰もができる単純反復作業(前行程)であるのに対し、正社員の本来の職務として被告が想定していたのは、複雑困難な判断を要する作業(後行程)であった。被告は、後者については、終身雇用を前提として相当期間の教育訓練をしたうえ指導育成することを予定し、そのため、期間の定めのない雇用契約を締結していたが、前者については、前記職務の性質上、そのような教育訓練等はもともと予定されておらず、むしろ、生産量の増減に対応して雇用量を適切に調節できるように期間の定めのある雇用契約を締結していた。

(2) 原告ら準社員の現実の職務も、基本的には、(1)の基本方針に従って割り当てられた。

すなわち、原告ら準社員は、基本的には前行程において、植え込み(ラインを流れるテレビ基板に部品を挿入する作業)、表検査(挿入された部品の入れ忘れ、配置の誤り、浮きがないかなどを基板の表から確認する作業)、ハンダ漕(ママ)(自動ハンダ漕(ママ)で、植え込まれた部品を基板の裏からハンダ付けする作業)、裏検査(基板の裏からハンダの付き具合を確認し、不良ならばハンダごてで修正する作業)、仕分け(基板を機械にかけて、表示された良・否の判定に従い、仕分けする作業)の作業に従事していた。これらの作業は(熟練しないと一定以上のスピードで処理することが困難であることはともかく)、基本的には、単純反復作業の範ちゅうに属するものであった。なお、原告池田は、主として植え込みの作業に、原告上西は、主として植え込み及び表検査の作業に従事していた。

これに対し、正社員は、基本的には、自動挿入による組立(機械により基板に部品を挿入する際、その機械のメインテナンスや微調整をする作業)及び調整(電気信号等を読み取り、部品の品質のばらつきを補正する作業)を除けば、後行程において、修理(不良と判定されたデータを読み取って基板をチェックし、不良箇所の発見及び部品交換等を行う作業)、ICT検査機のメインテナンス、ユニット切替時のピンベース交換及び調整等の作業に従事していたが、これらは、基本的には、データの読み取り等に一定の電気機器関係の知識を必要とし、また、一定の訓練等を受けたうえでなければこなせないような複雑な作業の範ちゅうに属するものであった。

(3) 昭和四〇年ころから、経済発展が顕著となり、家電製品の普及とこれに伴う大幅な需要増を受け、各メーカーは、機械化による大量生産体制を推進した。そのため、被告においても、常時ラインに就いて単純反復作業に従事する人員の必要性が切実化するに至った。折しも、主婦が余暇の有効利用方法として、外部にパートとして働きに出る例が散見されるようになっていたが、その際、パートに出る主婦としては、家庭生活との両立を最低条件としており、そのため、これを受け入れる被告においても、残業は基本的にさせないこと、住道工場内部の勤務場所の変更を除き転勤も基本的にさせないこと、正社員より勤務時間を短縮することなどが大前提とされ、現実にもほぼそのとおり運用されていた。もちろん、正社員については、このような限定はなく、残業も、転勤の可能性も常に存し、勤務時間も定勤社員及び準社員より約一時間程度長かった。

(4) 原告ら準社員については、昇進昇格は制度上予定されておらず、これに対し、正社員については、人事考課により昇進昇格が予定されていた。

(5) 原告ら準社員については、財形貯蓄や住宅貸付金等の福利厚生制度の適用もほとんどなく、退職金も更新年数に応じて一定額が慰労金として支払われるのみであり、正社員のように適格退職金制度や加算年金制度の適用もなかった。

右認定事実を総合すれば、原告らの職務内容は、正社員のそれとの間に勤務時間、作業内容等の点に関して実質的にも差異が存したこと、また、正社員の地位が残業、配置転換等の可能性を常にはらんでいるのに対し、原告ら準社員については、制度上も実際上もこれらを予定していなかったこと、その反面として、被告の従業員に対する量的質的な期待ないし企業と労働者との繋がりの緊密性の点でも自ずから差異があったことが認められ、これに加えて、当初、原告らが採用された経緯ないし採用目的(原告らが被告に採用された際の身分ないし位置付けは、景気の変動に伴う雇用調節的機能を期待しての一時的雇用にすぎなかった。)等諸般の事情を総合考慮するとき、これらの諸々の相違点は、右のとおり、原告ら準社員と正社員がそれぞれ異なる職務に従事していたことに加えて、それぞれがもともとの契約内容(契約類型)において異なる立場にあったことにも起因しているものということができる。

その意味では、仮に前記のとおり、原告らが満五七歳到達以前の段階において、更新期間の満了に伴い当然に契約関係が終了することなくそれ以後も存続することに対し何らかの期待を有していたとしても、これをもって、両者のもともとの契約内容(契約類型)における相違が完全に解消されるものではない。原告ら準社員は依然として前記の各相違点を帯有しつつ、いわば、正社員と純然たるパートタイマーとの狭間の立場にあるものといえるのである。とすれば、被告が、一方において、正社員につき六〇歳を定年としてその年齢までの継続雇用を保障しつつ、他方で原告ら準社員につき更新制限条項を設けて満五七歳という年限で雇用契約関係を打ち切る制度を採用し、その結果として、正社員と準社員との間で契約の終期につき、事実上三歳の差異が生じたとしても、後者の五七歳という年限は、新たな雇用契約の締結に対する年齢的制限を定めたもので、本来の定年とは性質を異にするものであるから、これをもって、若年定年制と同視することはできないし、また、この点を措いても、結果として、正社員と準社員との間の三歳の差異は、前記のとおり、本来契約の内容(類型)において異なる立場の者につき、例えば、それぞれが被告に対しいかなる貢献をしてきたか、また、被告においてそれぞれにつきどの程度の期待を有していたかなどについて一定の評価を加えた結果として生じたにすぎず、それは、基本的には、被告の経営的判断に委ねられるべきことというべきであるので、これをもって、公序良俗違反と断ずることはできない。

なお、原告らは、前記(2)の点に関し、原告ら準社員が従事していた植え込み、表検査、ハンダ漕、(ママ)裏検査及び仕分けの各作業自体、誰でもできる単純反復作業とはいえず、正社員の従事していた作業と実質的に何ら異ならない旨主張し、また、原告ら準社員が右作業のほかにも調整、修理、ピンベース交換等、被告によれば正社員のみが従事するとされる作業を現実に行っていた旨主張し、さらには、被告の正社員が右以外にも準社員と同一の作業に現実に従事していたことがある旨主張する。

たしかに、前記(1)の被告の基本方針にもかかわらず、現実には、準社員の従事する作業であっても、例えば、繁忙期等には多くの種類の部品を短時間のうちに異なる基板に植え込み、あるいは検査する作業を強いられるなど作業環境の悪化も手伝って、時には「誰もができる単純反復作業」とは言い難い局面も存したことが認められるが、右のような現象は、常時生ずる事態とはいえないばかりか、そもそも、右のごとき環境下による作業の困難化は質的なものというよりむしろ量的なものであり、同一作業を反復継続することによる「慣れ」によってある程度補うことが可能であるから、これをもって、正社員の従事する前記調整、修理等の作業のごとき複雑判断作業と同一視することは困難であって、この点は前記認定を左右しない。また、証拠(原告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告ら準社員が植え込み、表検査、ハンダ漕、(ママ)裏検査、仕分けの作業以外にも、調整、修理、ピンベース交換等の作業を現実に行ったことがあること、正社員の中にも原告ら準社員と同じ作業に従事したことがあったことが認められるが、右はいずれも、準社員の中でも特に経験が豊富なごく一部の者が自己の経験に基づき個人的能力の発現として修理等の作業に及んだものである(その意味では、被告がそのような作業を専門的にさせるため予め教育訓練を施すなどしてその作業に従事させたわけではないし、そもそも、原告ら大半の準社員にとっては、知識面や技術面で十分満足のいく程度にこなすことが困難な作業であったといえる。)か、又は、正社員が従事する作業の中でも比較的準社員の作業内容に近似した作業に限定して、しかも、臨時に、原告ら準社員が右作業を補助として応援し、あるいは、逆に正社員が準社員の作業を臨時に応援し若しくは研修目的でそのような作業に従事したものにすぎないと認められるのであり、これらの事実によれば、少なくとも恒常的に相当期間にわたり正社員と準社員とが全く同一の職務に従事していたとまでは認められない。仮にある程度の期間にわたり、正社員と準社員とが同種の職務に従事していたとしても、前記認定事実にかんがみれば、右のみでは、前記結論を覆すには足りないというべきである。

さらに、原告らは、自分たちが被告の基幹労働者として被告の発展を支えてきた旨自負しており、この点、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、原告らは、これまで約一〇年以上にわたり、被告の業務に日々従事してきたことが認められるので、本件退職措置の時点において、原告らが正社員に劣らぬ貢献をしてきたと自負することについては、あながち理由がないわけではないといえるが、正社員と準社員との間に前記のとおりの諸々の差異が存することを勘案すれば、企業の正社員及び準社員に対する期待ないし貢献に対する評価の結果として、この程度の差異を設けたからといって、これをもって合理性がないとはいえず、公序良俗違反と断ずることもできないというべきであるから、この点も前記認定を左右しない。

したがって、原告らの右主張はいずれも失当である。

(二)  次に、原告らは、(原告らを含む)準社員の職務内容は、正社員のそれと同一であり、いわば被告の基幹労働者であってその貢献度も全く同等であるにもかかわらず、正社員と準社員の契約終期に三年の年齢差を設ける合理的理由は全くないとし、右のごとき正当な理由に基づかない被告の本件退職措置(雇止め)は、憲法一四条、前記B規約二条、同二六条、前記A規約二条、六条、七条aⅰ項に違反し、また、パートタイム労働者が対応するフルタイム労働者のそれと同等の条件を享受すべきことを定めたILOパートタイム労働に関する条約七条に違反し、さらには、専らパートタイマーであるという「社会的身分」による差別として、憲法一四条及び労基法三条に違反し無効である旨主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、以下のとおりいずれも理由がない。

(1) 憲法一四条の規定は、本来的には国又は地方公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人間相互の関係を直接規律することを予定していないが、私人間においても法の下の平等(平等権)が現実に侵害され、又は危機に瀕する事態が想定される以上、法治国家としてこれを放置することは到底許されず、右侵害又はその危険性の態様、程度が社会通念上許容しうる限度を超える場合には、民法九〇条等の一般条項の解釈適用を通じて憲法上の法の下の平等(平等権)の趣旨を貫徹し、これにより、一方で私的自治の原則を堅持しつつ、他方で個人の自由平等を可及的に保障することにより、両者の間で適切な調整を図るべきであると解される(最高裁昭和四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁参照)。

そこで、本件退職措置が憲法一四条一項の法の下の平等に違反し、あるいは「社会的身分」による差別として、公序良俗違反となるかにつき検討するに、前記認定事実((一))によれば、原告らの職務内容が正社員のそれに比して、勤務時間、作業内容等の点で実質的にも差異が存したこと、原告らについては、正社員と異なり、配置転換の可能性が制度上も実際上も全く予定されていなかったこと、当初、原告らが臨時社員として被告に採用されたのは、主として景気の変動に伴う雇用調節的機能を期待しての一時的雇用にすぎなかったこと、研修制度の面においても、正社員が完備された制度を有するのに対し、原告ら準社員には研修制度は存在しなかったこと、その反面として、被告の従業員に対する量的質的な期待ないし企業と労働者との繋がりの緊密性の点でもおのずから差異があったこと、そして、右のような差異は、もともと原告らが正社員と契約内容(類型)において異なっていたことに起因していること、などが認められる。

これらによれば、原告らの職務内容は正社員と同一であるとは到底いえず、また、その貢献度についても、正社員と同等とは言い難いことが明らかであるところ、以上のとおり両者間には諸々の差異があり、これらがもともとの契約内容ないし契約類型、ひいては、被告の従業員に対する量的質的な期待ないし企業と労働者との繋がりの緊密性の点の差異に基づくものと理解される以上、被告が原告らと正社員とを同一に取扱うことなく、正社員と準社員の契約終期に三年の年齢差を設けたとしても、これをもって、社会通念上許されざる不合理な差別と断ずるに足りず、また、右が準社員という地位ないし身分に由来する不合理な差別ということもできない。したがって、本件退職措置が憲法一四条一項に違反し、公序良俗に反するとの原告の主張は理由がない。

なお、原告らは、準社員と正社員の契約終期に三歳の年齢差を設けることは、憲法一四条及び労基法三条の「社会的身分」による差別である旨主張するが、前記のとおり、本件退職措置は、原告らの準社員たる地位に由来する不合理な差別ということができないので、原告らの右主張は、準社員たる地位が「社会的身分」に当たるか否かを問うまでもなく失当である。

(2) 公知の事実、当裁判所に顕著な事実及び弁論の全趣旨によれば、わが国が原告主張に係る前記B規約及びA規約につき、昭和五四年に批准し、右各規約はいずれも同年九月二一日に発効したこと、右B規約二条一項は、「この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」と規定し、同二六条は、「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と規定していること、また、A規約二条二項は、「この規約の締約国は、この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」と規定し、同六条一項は、「この規約の締約国は、労働の権利を認めるものとし、この権利を保障するため適当な措置をとる。この権利には、すべての者が自由に選択し又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利を含む。」と規定し、同七条aⅰ項は、締約国が確保すべき労働条件として「公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬、特に、女子については、同一の労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること」と規定していることが認められる。

しかしながら、右各規約内容が国際法上の義務であるとしても、その主体はあくまで締約国であるわが国自体であり、右規約から直接に私人である被告が規約内容に従った措置を講ずべき義務を負担するものとはいえない。もっとも、右規約の内容がわが国の公序となり、その結果、私人たる被告の行為であっても、民法九〇条の解釈適用を通じて社会通念上許容されざる場合には違法と評価される余地はあるが、前記のとおり、被告が原告らと正社員とを同一に取扱うことなく、正社員と準社員の契約終期に三年の年齢差を設けたとしても、これをもって社会通念上許容されざるものと断ずるに足りず、したがって、右の点につき公序良俗に反し民法九〇条に違反するものともいえない。

(3) なお、原告らが主張するILOパートタイム労働に関する条約(一七五号条約)については、わが国がいまだ批准していない関係で、わが国内において右条約に違反する取扱いをしたからといって、右条約違反という理由のみで直ちにその効力が否定されるものではない。もっとも、右条約の採択がパートタイム労働者の取扱いに対する世界各国の動向を示すものとして、わが国内における公序良俗違反の成否の判断につき影響を及ぼす余地がないではないが、そもそも、右条約にいう「比較可能なフルタイム労働者」とは、「当該パートタイム労働者と同一の型の雇用関係にある」(同条一条C)労働者であるところ、前記認定事実によれば、被告の準社員と正社員は同一の型の雇用関係とは到底いえないのであるから、本件退職措置が同条に違反する余地もなく、したがって、これを理由に公序良俗違反が成立する余地もないものといわなければならない。よって、この点に関する原告らの右主張は失当である(なお、原告らは、右「比較可能なフルタイム労働者」に正社員が該当する理由として、同一労働に従事する点を挙げるが、前記「同一の型の雇用関係」にあるか否かを区別する主たる基準は労働時間の同一性であることが明らかであり、同一賃金同一労働の原則と右とは直接の関係がないことが明らかであるから、この点からも原告らの主張は失当である。)。

(三)  次に、原告らは、高年齢者雇用安定法四条が平成六年以降、六〇歳定年制を事業主の単なる努力義務から法的義務にまで高めたこと、これに伴い、定年年齢を六〇歳以上とする企業の割合は、平成七年一月現在で今後改定することが決定している企業を含め八七・七パーセント、改定の予定がある企業まで含めると九四・四パーセントにも上ること、したがって、原告らに対する退職措置(雇止め)がなされた時点では、六〇歳定年制は普遍化し既に公序の内容となっていた旨主張しており、これに一部沿う証拠(〈証拠略〉)も存する。

しかしながら、そもそも、前記のとおり、原告らの準社員たる地位は、正社員のそれに比して契約内容ないし契約類型において異なることが明らかであって、右高年齢者雇用安定法四条が主として定年までの継続雇用を保障された正社員を念頭に置いたうえ、その雇用確保を可及的に実現しようとした趣旨にかんがみると、原告ら準社員が満五七歳という年限による更新制限条項によって規律されるとしても、それが定年とは性質を異にする以上、原告ら準社員が同法の適用対象になるものと解することはできない。したがって、原告らの右主張は、この点において既に失当である。

仮に、右の点を措いても、証拠(〈証拠略〉)によれば、右平成七年一月の時点において、現に六〇歳定年制を実施している企業は八五・八パーセントに至っていたことが認められるものの、右高年齢者雇用安定法四条が六〇歳定年制を法的義務に高めるに当たり、各企業に対し右定年延長に伴って必然的に生ずる(財政面を中心とした)各種負担を可及的に緩和すべく、右施行日を平成一〇年四月一日とした経緯にかんがみると、右平成七年三月の時点において、強行的に六〇歳定年制度を保障すべしとの公序が既に形成されていたとするのもまた困難というほかない。したがって、被告が準社員につき、年限による更新制限条項を設けて満五七歳をもって雇用契約関係を打ち切ることとしたことは、何ら公序良俗に反するものではない。

結局、原告らの右主張は、いずれにしても理由がなく、採用することができない。

(四)  さらに、原告らは、被告の準社員が専ら女性であることからすると、本件退職措置は定年及び解雇について労働者が女性であることを理由とする差別的取扱を禁止した憲法一四条、前記B規約二条、三条、二六条、前記A規約二条、三条、七条aⅰ項、女子差別撤廃条約一条、一一条、男女雇用機会均等法一一条に違反する旨主張する。

しかしながら、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、被告の事業所においては、男性の準社員が相当数存在することが認められる(平成七年一〇月時点で、女性が五五六人であるのに対し、男性は一一六人である。)から、準社員が専ら女性であることを前提に正社員との差別を云々する原告らの前記主張は、その前提を欠き失当である。

そもそも、本件全証拠によるも、本件退職措置が専ら女性であることを理由とした違法な差別によるものと断ずるに足りず、したがって、前記各条項に違反すると認めることもできない。

4  以上によれば、結局、本件においては、原告らが満五七歳を超えてまで被告に対し契約関係の継続を主張しうる根拠が存しないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求に理由がないことが明らかである。

なお、原告らは、準社員契約が反復更新されることにより実質的に期間の定めのない契約と同視しうる状態になっていた旨主張し、これを前提に、被告の本件退職措置を解雇に見立てたうえ、その合理性を云々するが、原告らの準社員契約が実質的に期間の定めのない契約と同視しうる状態になり、これにつき解雇権濫用法理が類推適用されるといっても、あくまでその範囲は前記のとおり原告らが右契約存続に対する客観的合理的期待を有した範囲内に止まるのであって、この点、前記認定事実によれば、原告らは満五七歳を超えてまで契約存続に対する客観的合理的期待を有していなかったのであるから、原告の右再抗弁は、その前提を欠き失当である(更には、本件退職措置が予備的に解雇の意思表示を兼ねていたとしても、既に判示したところから明らかなとおり、本件において、これが社会通念上客観的合理的理由を欠き、解雇権の濫用と認めるに足りる的確な証拠もまた存しない。)。

三  よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 西﨑健児 裁判官 仙波啓孝)

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